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大分県中津市の福澤諭吉旧居福澤記念館へ行ってきました


大分県中津市にある国指定文化財指定の史跡
福澤諭吉旧居・福澤記念館へ見学に行ってきました。
福沢諭吉旧居・福澤記念館はJR中津駅から福沢通りを進んだ
中津川に近い中津城や和田公園の方面にあります。



近代日本を代表する偉人、福澤諭吉さんといえば、
最近では一万円札の紙面の肖像画として有名ですが、
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という
名言格言でも有名な独立自尊是修身を極めた方です。

福澤諭吉旧居・福澤記念館銅像胸像.JPG 福澤諭吉木造茅葺平屋建旧居.JPG

福澤諭吉は、1835年(天保5年)に大阪の中津藩蔵屋敷で
下級武士福澤百助の次男としてこの世に生を受けました。
幼くして父と死別した福澤諭吉は母子6人で中津に帰郷し、
14,5歳の頃から儒教学者の白石照山の塾で勉学に励みました。
福澤諭吉旧居・福澤記念館は、福澤家旧宅跡の脇に建てられ、
福澤諭吉が青年期を過ごした木造茅葺平屋建ての旧居や
福澤諭吉が月明りで勉学に励んだ木造茅葺2階建土蔵が
敷地内に保存されています。

福澤諭吉木造茅葺二階建土蔵.JPG 土蔵二階で勉強する福澤諭吉人形.JPG

福澤諭吉は、白石照山塾で学んだ後、蘭学を志し長崎に遊学。
その後、大阪の緒方洪庵の適塾を経て江戸中屋敷の蘭学塾で
教師として勤める事となり、これが慶応義塾の始まりとなります。
万延元年(1860年)には幕府施設護衛船「咸臨丸」に乗船、
軍艦奉行の従者として渡米した福澤諭吉は、幕府施設の一員として
ヨーロッパ諸国も歴訪し、議会、郵便制度、銀行、病院、学校など
欧米の進んだ社会制度や施設の運営などを視察した経験を基に
「西洋事情」「学問のすすめ」「文明論之概略」などを発表。
鎖国下で世界情勢と隔絶されていた日本人の啓蒙に励んだのです。
福澤諭吉のこうした活躍とその時代に生きた人々の記録が展示され
自らの身を律する気分にさせてくれる福澤諭吉旧居・福澤記念館へ
あなたも是非、訪れてみてください。


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